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東京地方裁判所 昭和40年(行ウ)50号 判決

東京都中央区日本橋本町三丁目一〇番地

原告

株式会社 三共機械製作所

右代表者代表取締役

出倉市太郎

右訴訟代理人弁護士

岡部勇二

秋山昭八

東京都中央区日本橋堀留二丁目五番地

被告

日本橋税務署長

金森三郎

右指定代理人

光広竜夫

野田猛

西園隆俊

岡崎栄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者の申立て

(原告)

「被告が原告に対し昭和三八年一月二三日付で原告の昭和三五年一二月一日から昭和三六年一一月三〇日までの事業年度の法人税についてした更正処分および過少申告加算税の賦課決定(但し、東京国税局長の審査裁決によつて維持された部分)を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

(被告)

主文と同旨の判決

第二、原告の主張

(請求の原因)

(一)  原告は、昭和三五年一二月一日から昭和三六年一一月三〇日までの事業年度の法人税について従前よりの繰越欠損金額が当期の所得金額を上廻るので、課税所得金額を零と確定申告したところ、被告は、原告には昭和三六年三月三一日株式会社大和銀行(以下「大和銀行」という。)から未払利息債務一、八七六万八、四八七円の免除を受けて同額の免除益があつたとして、昭和三八年一月二三日付で課税所得金額を五八二万三、〇六〇円と更正し、過少申告加算税二九万一、一五〇円の賦課決定をした。その後、東京国税局長は、その審査裁決において、原処分が右事業年度の利益金額に加算又は減算した金額は、当期に発生したものではなくて昭和三二年一二月一日から昭和三三年一一月三〇日までの事業年度において発生したものであるから、当期の所得計算上繰越欠損金額は零であるとして、原処分の一部を取り消した結果、所得金額は、四四二万二、〇三〇円、過少申告加算税額は、二二万一、一〇〇円となつた。

(二)  しかしながら、右更正処分ひいては賦課決定は、つぎの理由によつて違法である。

(1) 原告は、昭和二八年二月ごろから約六カ月間にわたる労働争議のために、同年一一月期には大和銀行に対する債務六、三八五万二、〇〇〇円を含めて負債総額が約一億五、〇〇〇万円にのぼり、大和銀行から取引停止を受けて倒産するにいたつたが、同銀行は、右の債権に対し原告の第二工場の土地・建物等について元本極度額一億円の根抵当権を有していたので、同銀行のとつた措置に対して一般債権者からきびしい非難を受け、その結果、原告の再建方に協力することとなり、昭和二八年一一月ごろ、右元本債務に対する一〇〇円につき一日二銭四厘の割合による約定利息を同年一二月以降、遅くとも昭和二九年四月以降、免除し、元本債務の支払いも原告の再建するまで猶予することを約した。仮りに然らずとしても、原告は昭和三三年一一月三〇日、当日現在で原告が大和銀行に対して負担していた元本五、八〇七万六、〇〇〇円およびこれに対する利息等一切の債務のために、同銀行に対して第二工場の土地・建物を代物弁済に供し、かつ、現金七〇〇万円を支払つた。したがつて、原告が昭和三六年三月三一日にいたり大和銀行から未払利息債務があるものとしてその免除を受けるがごときことはありえない。

(2) また、いわゆる免除益は、本件におけるごとく、会社が倒産し、債権者の犠性によつて会社の再建が図られている場合には、債務免除は、一種の貸倒れであるから、それによつて会社の受けるいわゆる免除益も、益金に算入すべきではなく、かかる「幻の利益ないしは帳簿上の利益」に対して課税することは、実質課税の原則に反して無効である。

(3) さらに、本件更正処分は、当初昭和三五年一二月一日から昭和三六年一一月三〇日までの事業年度の法人所得についてなされたものであるが、前叙のごとく、審査裁決が原処分の右事業年度の利益に加算又は減算した金額は昭和三二年一二月一日から昭和三三年一一月三〇日までの事業年度の所得について行なうべきものであるとして当期の損金に算入された繰越欠損金額を減額したのは、昭和三二年一二月一日から昭和三三年一一月三〇日までの事業年度の法人所得の欠損金額の更正であるというべきであるが、原告が右所得について確定申告書を提出したのは、昭和三四年一月三〇日であるから当該申告に係る課税標準又は法人税額についての更正は、昭和三七年一月三〇日までにしなければならない(旧法人税法―昭和四〇年法律三四号による改正前のもの。以下同じ―三一条の二第一項)のに、昭和三八年一月二二日付でなされた本件更正処分は、期間後の更正として違法である。このことは、審査裁決がその実質において昭和三二年一二月一日から昭和三三年一一月三〇日までの事業年度分の更正であることからみても、同様にいいうるところである。また、右のごとき繰越欠損金額の減額は、本件に適用されるべき旧法人税法の純損失等の欠損金額についての更正を認めない規定(二九条)に違反して無効であるというべきである。

(被告の主張に対する反論)

原告が、前叙のごとく利息の免除を受けたにもかかわらず、その後昭和三二年三月ころまで約定利息を損金に計上していたのは、大和銀行が大蔵大臣の監督を受けている関係で免除の事実を書面によつて明確にすることができなかつたので、原告の経理担当者はおいて利息免除の事実を知らず、従来どおりの記帳をしていたまでであり、また、原告が昭和三六年三月ごろまで大和銀行に対し、毎月二〇万円ずつ支払つていたのは、原告の再建につき同銀行から種々協力してもらつたので、同銀行の要請に基づき、その謝礼としてなされたものであり、同銀行は、これを元本債務に充当し抵当権を消滅させた。また、第二工場の土地・建物が代物弁済後も原告の所有名義のままとなつており、原告がこれを資産に計上し、その公租公課等を負担していたことや昭和三六年三月三一日付の債務弁済契約書が作成されたことは、さきに原告が代物弁済に供した第二工場の土地・建物の時価が債務金額よりはるかに低いものであつたところから、大和銀行の要請に基づき、その値上りをまつて債務弁済の処理をし、それまで所有名義は従前のままにすることとなり、昭和三六年三月三一日にいたり右土地・建物の価額が債務金額に匹敵するようになつたので、同日付であらためて右契約書を作成し、これによつて債務弁済の事後処理をしたのであつて、真実同日付で契約書記載のごとき内容の契約が成立したわけではない。なお、原告がその後大和銀行に現金七〇〇万円を支払つたのは、前記月二〇万円の支払と同様、単なる謝礼としてなされたものであつて、右の金員が未払利息に充当されていることは、原告の全く関知しないところである。

以上の理由によつて原告が本件係争事業年度において被告主張のごとき未払利息債務を負担していなかつたことは、原告が同銀行を被告として利息債務不存在確認の訴えを提起し、勝訴の判決を受けたことによつても、争いえないところである。

第三、被告の主張

(請求の原因に対する答弁)

原告主張の請求原因事実中、原告がその主張のころ大和銀行から利息債務の免除を受け、また、同銀行に対し代物弁済をしたことおよび債務弁済契約書が真実に符合しない点は否認、その余の事実は認める。

(主張)

(1)  原告が倒産した当時、大和銀行は、原告に対して約九、〇〇〇万円の債務とこれに対する元本極度額一億円の根抵当権および担保預金等を有していたが、右の担保預金をもつて貸付債権の一部を相殺しただけで、その後、債権の回収は遅々として進捗せず、昭和三二年八月から毎月二〇万円の支払いを受けるにとどまつたが、その間原告は、昭和三六年一一月期まで、大和銀行に対する未払利息を毎期損金に計上し、また、第二工場の土地・建物は、原告の所有として資産に計上され、公租公課等も原告において負担していたものである。ところで、昭和三五年暮ごろから、解決方について本格的な交渉が始まり、その方法は、二転、三転したが、昭和三六年三月三一日にいたり、当事者間において、原告の銀行に対する債務が同日現在で元本債務合計六、三八五万二、〇七八円(同銀行の貸付元帳では六、三八五万二、〇〇〇円となつている)、未払利息二、五九一万六、四〇九円に達していることを確認したうえで、原告は、右元利金債務弁済のために、第二工場の土地・建物を代金六、四〇〇万円で大和不動産株式会社に売り渡し、かつ、大和銀行に対して現金七〇〇万円を支払い、同銀行は、未払利息の残額一、八七六万八、四八七円を免除する旨の契約が成立し、これにより原告が同額の免除益を受けたのである。

もつとも、大和銀行は、前記根抵当権を実行せず、また、未収利息の計上もしていなかつたことは事実であるが、銀行が抵当権の実行をするか否かは、債務者の再建の見通し、抵当物件の換価価値、抵当権実行によつて債務者、債権者双方に及ぼす影響等諸般の事情を考慮して決定されるものであり、また、銀行が未収利息を収益に計上しないのも、不確実な収益の計上を排除する安全会計の原則によつたためであり、かかる取扱いは、税務上容認されるところであるから、右の事実をもつて利息債務の免除ないしは放棄がなかつた根拠することは許されない。

(2)  原告の実質課税の原則違反の主張は、要するに、債務者が支払能力を有しない債権は経済的には無価値であるから、かかる債権の放棄ないしは債務の免除があつても、これを受けた債務者にとつては何らの利得をも生じないというにあるものと解されるが、それは、明らかに、課税所得発生の問題と租税徴収の問題とを混同するものであつて、債務の免除によつて債務者が債務の履行を免がれるという利得が現実に発生している以上、これに対して課税するのは当然であつて、債務者が無資力のためその徴収が不可能になることがあつても、それによつて課税自体の違法を来たすものではない。

(3)  免除益一、八七六万八、四八七円が本件係争事業年度である昭和三五年一二月一日から、昭和三六年一一月三〇日までの間に生じたことは、前叙のとおりであり、審査裁決が該事業年度の所得の計算にあたり昭和三三年一一月期以後の繰越欠損金額を減少させ、当期の損金に算入されるべき繰越欠損金額を零としたのは、昭和三二年一二月一日から昭和三三年一一月三〇日までの事業年度以降における繰越欠損金額の減少に基づき本件係争事業年度の繰越欠損金額を修正したにとどまり、これによつて当該事業年度における課税所得金額が生じていないのであるから、更正処分に該当せず、この点に関する原告の主張は理由がない。

第四証拠関係

(原告)

甲第一ないし第四号証、第五号証の一ないし五、第六、第七号証、第八号証の一、二、第九、一〇号証を提出し、原告会社代表者出倉市太郎の尋問の結果を援用し、乙第一ないし第五号証、同第六号証の一の成立は不知、その余の乙号各証の成立を認め、同第八号証の一ないし三を利益に援用する。

(被告)

乙第一ないし第五号証、第六号証の一ないし四、第七号証、第八号証の一ないし三、第九号証の一ないし四を提出し、証人外山敏夫、佐藤達夫、大森興国、斉藤武夫の各証言を援用し、甲第五号証の三ないし五、第六号証の成立は不知、その余の甲号各証の成立を認める。

理由

原告が昭和三五年一二月一日から昭和三六年一一月三〇日までの事業年度の法人税について、課税所得額を零と確定申告したところ、被告が、原告には昭和三六年三月三一日大和銀行から未払利息債務一、八七六万八、四八七円の免除を受けて同額の免除益があつたものとして、昭和三八年一月二三日付で課税所得金額を五八二万三、〇六〇円と更正し、過少申告加算税二九万一、一五〇円の賦課決定をなし、その後、東京国税局長の審査裁決によつて右所得金額が四四二万二、〇三〇円、過少申告加算税額が二二万一、一〇〇円に減額されたことは当事者間に争いがない。

そこで、まず、本件係争事業年度において原告に右の免除益があつたかどうかについて判断する。

原告が、昭和三二年三月ごろまで、毎期大和銀行に対する未払利息を損金に計上し、昭和三六年三月ごろまで、第二工場の土地・建物を資産に計上し、右土地・建物に対する公租公課を負担し、かつ、同銀行に対して毎月二〇万円ずつの支払いをしてきたこと、また、昭和三六年三月三一日、被告主張のような内容を記載した債務弁済契約書が作成され、原告が同銀行に対し七〇〇万円の支払いをしたことは、いずれも、当事者間に争いがなく、これら当事者間に争いのない諸事実と、成立に争いのない甲第一、第二号証(ただし、甲第二号証中後記の信用しない記載部分を除く。)、乙第六号証の二、四、同第七号証、同第八号証の一ないし三、同第九号証の一ないし四、原告会社代表者出倉市太郎の供述により真正に成立したものと認める甲第六号証、証人斉藤武夫の証言により真正に成立したものと認める乙第一ないし第五号証、証人大森興国の証言により真正に成立したものと認める乙第六号証の一、証人大森興国、同斉藤武夫、同外山敏夫、同佐武達夫の各証言および本件弁論の全趣旨によれば、昭和三六年三月三一日原告と右銀行との間において、原告が同日現在で同銀行に対して負担している元本債務が六、三八五万二、〇〇〇円およびこれに対する未払利息が二、五九一万六、四〇九円に達していることを確認したうえで、その弁済方法として、原告は、大和不動産株式会社に対し第二工場の土地・建物を代金六、四〇〇万円で売り渡し、かつ、右銀行に対して七〇〇万円を支払い、同銀行は、利息残額一、八七六万八、四八七円を免除する旨の前記債務弁済契約書記載どおりの内容の契約が成立し、同約旨に従い、原告は、右大和不動産株式会社に対して同年五月二四日付で該土地・建物を譲渡し、また、前叙のごとく同年六月三〇日大和銀行に対し七〇〇万円を支払い、同年八月二日原告が右銀行に設定していた元本極度額一億円の根抵当権の設定登記が抹消されるにいたつたことを認めるのに十分である。原告は、昭和二八年一一月ころ大和銀行から同銀行に対する爾後の約定利息債務の免除を受け、仮りに然らずとしても、昭和三三年一一月三〇日、同日現在で原告が右銀行に対して負担していた元本五、八〇七万六、〇〇〇円およびこれに対する利息等一切の債務のために、同銀行に対して第二工場の土地・建物を代物弁済に供し、かつ、七〇〇万円を支払つた旨を強弁するが、たとえかかる事実があつたとしても、これをもつてそれより数年後たる本件係争事業年度における金銭債務の存在を否定する直接の資料とはなしえないのみならず、原告の右主張にそう前掲甲第二号証の記載部分、甲第三、第四号証、第五号証の一ないし五および原告会社代表者出倉市太郎の供述部分は、にわかに措信し難く、他にこれを認めるに足る証拠はなく、かえつて、前掲各証拠によれば、原告会社社長出倉市太郎がその都度大和銀行品川支店長に対して原告主張のような措置を講じてもらいたい旨を申し入れたが、同銀行において容れるところとならず、原告は、前叙のごとくその後も毎月二〇万円ずつの弁済をしながら、なおも右申し入れ実現方の努力を続けた結果、前記認定のごとく、昭和三六年三月三一日両者の間において債務弁済契約が成立するにいたつたことを首肯することができる。なお、原告が昭和二八年倒産して債権者の協力のもとに再建を図つていたという当事者間に争いのない事実からみらみれば、その間、大和銀行が原告に対して有する元本極度額一億円の根抵当権を実行せず、未収利息債権を資産に計上していなかつたとしても、かかる一事をもつて前記認定を妨げる資料とはなしえず、また、原告の引用する判決も、前叙のごとく債務弁済契約の成立後である昭和三七年五月二八日その訴えが提起され、被告たる大和銀行が口頭弁論期日に出席しなかつたためになされたいわゆる欠席判決であること、成立に争いのない甲第四号証、乙第六号証の三、四に徴して明らかであるから、これもまた、前記認定を左右する的確な資料たりえないものというべきである。

次に、原告の実質課税の原則違反の主張についていえば、その論旨は、必ずしも明確ではないが、要するに、法人税の課税対象たる法人の所得は実質的に把握すべきところ債務者が無資力である場合には、債務の免除があつてもその免除益は益金に算入すべきでないか又は免除益は資本取引であつて所得を構成しないというにあるものと解すべきところ、本件において、原告が倒産したとはいえ、大和銀行が原告に対して元本極度額一億円の根抵当権を有していたことは、原告の認めて争わないところであり、また、債務の免除益も法人税法上益金となることは、明らかである(旧法九条参照)から、原告の右主張の理由がないことは、おのずから明らかであるというべきである。

さらに原告は、審査裁決が、昭和三二年一二月一日から昭和三三年一一月三〇日までの事業年度以降の繰越欠損金額の減少を認めて、原処分が本件係争事業年度の損害に算入した繰越欠損金額を減額したことをもつて欠損金額についての更正であると主張し、このことを前提として、本件更正処分が期間経過後になされたものであるとか、旧法人税法二九条に違反するものであるという。しかし、本件更正処分が係争事業年度である昭和三五年一二月一日から昭和三六年一一月三〇日までの所得についてなされたものであることは、当事者間に争いがないところであるから、原告の右主張は、これと矛盾するばかりでなく、旧法の下においては、繰越欠損金額を修正しても、課税所得金額が生じない限り、それが更正に当らないものと解すべきところ、審査裁決が前叙のごとく繰越欠損金額を減額したことによつて課税所得金額が生じたことは原告の主張しないところであるから、原告の右主張は、その前提そのものにおいて失当たるを免がれない。

以上の説示によつて明らかなように、本件処分には原告主張のごとき瑕疵がないので、原告の本訴請求は理由がないものとして棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡部吉隆 裁判官 中平健吉 裁判官 渡辺昭)

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